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家庭で魚をさばくための7つ準備〜前編〜

魚をさばくこと自体は難しくはない、練習すれば誰にでもできる。
問題は「掃除」「片付け」なのである。

目次

はじめに

料理を覚えたい人にとって、魚をさばくことは一つの目標だろう。

また趣味で釣りをしている人にとっても、釣った魚を華麗にさばければ自慢になる。

私も魚をさばきたいと思って、ある時から魚を買い、練習を始めた。

動機は、魚が好きだからとか、カッコいいから、ではない。

まず、料理を勉強したい、という思いがあって、次に、料理のジャンルを考えた。

日本人だから日本料理がいいのか、それとも、好きな中華や、西洋料理か。

好みで選ぼうとしても一つには絞れなかった。

独学の予定だったから、障害の少ないジャンルにした。

私は、お寿司屋さんの比較的多い、港町に住んでいるので、和食の「寿司」をやることにした。

さらに理由を足せば、魚が好きではなかった。魚を知れば魚料理が好きになるかも知れない、そんな希望もあった。

港町で寿司を学ぶことは、少なくても地の利がある。

車を10分も走らせれば、魚市場に行けるし、勉強のために、寿司屋で働くにしても、寿司屋は其処此処にあるから、回転寿司ではなく、真っ当な寿司屋で働ける。

実際、皿洗いだけれども、コースで1万円くらいはする寿司屋働いている。

皿洗いで勉強になるのか、と不安もあったが、働いてみると、親方の指導スタイルは専ら「技術は盗むもんだ」の昔気質だったから、職種は何であれ、学びの立ち位置は変わらない。

また、教えてくれない、と落胆するにも及ばない。

「技術は盗むもの」と認めることは、自身の持つ寿司屋のノウハウについては、知的財産権だとかは主張しないし、技術を覚えることについても妨げない、と解釈できる。

つまり、作業の見学、商品分析等の一切について、無償で許可していると言えなくもない。

今の時代、わからないことはネットで検索するか、書籍で必要な情報は手に入るから、教えてくれないからといって、学びに支障はないのだ。

そもそも、なぜに昔気質の人は、「教えない」のだろうか。

見習いを早く一人前にしたければ教えたほうが、覚えは早いはずだ。

この理由について、親方の言い分は、意外と正鵠を射るところがあった。

曰く、親方自身は、教えたくないわけではないし、教えることはいいことだと思っている。

しかし、教えること無く、技術を見せ、相当の期間の後にやらせてみて、覚える気持ちがある者は、その技術について9割方はできているものらしい。

見ても全然出来ていない者は、口で何と言ってもやる気の無い者か、見込みの無い者で、いくら教えても期待は薄い、と判断できるらしい。

見てどれだけ覚えられるか、というのは、育てるに値するかの、一つのテストなのである。

本題に移る。

魚をさばくこと自体は難しくはない、練習すれば誰にでもできる。

「さばく」という洒落た用語使っているので、何だか凄そうだが、要は、骨に沿って切り分けているだけだ。

個体差はあれ、基本的に「魚」であれば構造は概ね一緒である。

アジが捌ければ、マグロだってさばける、はずである。

しかし、魚をさばきたいけど、一歩踏み出せない理由は、実はその先にある。

一つは、後始末で、もう一つは保存である。

家庭の台所では、魚の鱗や、内臓などの生臭さを残すものの処理が大変である。

料理屋なら、最後に、水を床に流したり、そもそも、そういう用途で作ってあるからいいが、家庭ではそうはいかない。

魚に触れて生臭くなった一切のものを、床にこぼすことは許されないし、鱗は絶対に宙を舞ってはいけない。家庭用の狭い台所で、最新の注意を払い、魚に汚染される領域を限りなく限定的にする努力が必要だ

魚をさばく段階でも、多くの乗り越えるべき障壁があるが、食べる段階になってもまだ、乗り越えるべきことがある。

魚を一匹買ってきて、さばいて、食べる。

食べるだけなら、食べるだけだから何も問題は無さそうである。

確かに、アジや、鰯などの小型の魚なら良いだろう。

しかし、中型、ちょっと大型の魚ならどうだろう。

魚をさばくことができるようになったら、様々な魚をやっていみたいと思うだろうし、美味しく食べたいと、当然思い始めることだろう。

すると、どうしたって、1回の食事で全て消費するのは難しい。

また消費するために、毎日同じ魚を食べるのも、退屈だろう。食べたいときに食べたいと考えた時、保存の問題が出てくる。

家庭で魚をさばくには、単に技術的な問題以外に、後始末と、どうやって、長くおいしく食べるか、という課題が付随する。

さばく技術以外の課題の方が、魚をさばくのに一歩踏み出せない理由の多くの割合を占めるのではないだろうか。

私も、魚を定期的にさばいて、料理の勉強をしているから、当然、今挙げた問題に対して、悪戦苦闘している。

その中で、考え、調べ、実践している。いくつかのテクニックを紹介したい。

まずは後始末や、魚をさばいているときのテクニックを挙げよう。

排水口カゴにネットをかぶせる

単純であるが、どんな魚をさばく時にも使うべきである。

特に、鱗がある魚では必須だ。ネット無しだと、鱗が排水口の網にへばりついて、なかなか取れない。

ならば、水で洗い流せばいいと思うだろう、だが、排水口を詰まらせないためのカゴを外して、それ自体を洗うのだから、排水口は無防備なる。だから、水で洗い流せない。

ネットがあれば、外して捨てるだけなので容易だ。

また、鱗以外にも、魚の内臓類が排水口のカゴにへばり付くのも防げる。

魚が入るたらいを用意する

魚をさばく前に、まず鱗を引かなければならない。

鱗引きで鱗を引くと間違いなく四方八方に飛び散る。

飛び散った鱗を掃除して除去するのは至難だ。

だからといって鱗を引かずにさばくわけにいかない。

そこで、たらいに水を張って、水の中で鱗を引く。

たらいが準備できなければ、流水を当てて鱗を引くでも大丈夫だ。

水の中だと鱗は飛ばない。

ネットの記事か、ユーチューバーの誰かの動画で知ったテクニックだ。

また、魚市場で見たことだか、細かな鱗を持つ魚ならば、鱗引きや、包丁でなく、金たわしでごしごしすると簡単に鱗が取れる。

当然その金たわしは魚専用にする必要があるが、100円で何個も買えるようなものだから、別に構わないはずだ。

新聞紙とビニール袋

テクニックという程ではないが、魚をさばいて出た生ゴミは、まず新聞紙で包み、水分が出るのをある程度抑えた上で、ビニール袋に入れて密閉してから、ゴミ箱に捨てる。

ゴミ箱が臭くなるの防ぐと同時に、ゴミ出しの日に、猫やカラスなどに荒らされるのを防ぐことができる。

お酢と次亜塩素酸ナトリウム

魚をさばく時、刺身を引く時など、まな板の水分を取ったり、魚を拭いたりするのに、ふきんを使う。

寿司屋ではさらしを使う。

魚に触れたふきんやさらしは、当然に魚臭くなるので、そのまま洗濯機に入れてはいけない。

魚臭さというのは、洗濯機で洗っただけでは取れないときもあるし、場合に寄っては、一緒に洗ったものが魚臭くなることさえある。

そうならないためには、薄めた次亜塩素酸ナトリウム、いわゆるキッチンハイターに浸けて除菌を兼ねて臭いと取る。

手に付いた臭いや、台所のどこかに付いた臭いは、キッチンハイターではなく、薄めた酢で取る。

魚のあの嫌な臭いは、トリメチルアミンという成分で、それは酸性のもので中和できるという。

実際、食器洗剤や石鹸で手を洗っても、取れない魚の臭いは、水で薄めた酢水で手を洗うだけで、臭いが取れる。酢水だから、酢の臭いが手に付くが、それは、石鹸等で簡単に洗い流せる。酸性のものでいいわけだから、酢だけでなく、レモン水などでも良いかもしれない。

最後に

以上は、魚をさばくとき、さばいた後の台所を汚さない、臭くさせない知恵である。普段台所に立ち、料理をする人には当たり前のことかもしれないが、これから料理をする人には、役に立つ知識であると思う。

少し字数が多くなったので、保存方法については、パート2として、別記事にする。

料理屋やレストランで、現在もそうだが、下働きや、皿洗いとしてまとまった期間働いた。

そこで感じたことは、料理人は単に調理技術があれば良いのではなく、片付けと掃除がきちんとできるかどうかも、料理人であるための大事な要素だということだ。

限られた空間と、道具を使って、多くの、手間の掛かった料理を作るには、洗い物と掃除をほぼ同時に行わなければいけない。

食器洗い、掃除、片付けが手早く、きちんとできるようになれば、それだけで、料理をすることががもっと身近に感じるようになるだろう。

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