焼き台の網の上で、銀箔のタチウオが、遠火で炙られている。
身から出た脂が、チリチリと皮の上で踊って、皮膜がこんがりと、黄金に色づきはじめる。
次第に表皮が脂でぷすぷすと膨れ上がる。
こうばしい匂いはなんとも言えない。
私が週1〜2回程度、店が忙しい時にではあるが、手伝いをしている寿司屋がある。
夏に入って、タチウオの塩焼きがよく出るようになった。
あるとき、親方が脂の乗ったタチウオを一匹くれた。
店に倣って塩焼きで食べた。
焼き方は何度も見ているから、店と近いものができたと思う。
タチウオは塩焼きが一番だ。
塩焼きなら、生食時の鮮度の心配はいらないし、手間も掛からない。
塩焼きが美味しいタチウオであるが、スーパーに置いていないのが惜しい。
切り身でパック詰めされているのを見たことはある。
しかし、どうせ買うなら、一匹まるごと欲しい。
だが、タチウオは長い。
小型のものだって、1メートルくらいはあるのではないかと思う。
まな板におさまらない。
単純に、「長い」という理由がスーパーで、1匹まるごと売らない理由だろう。
さて、ここから、タチウオの捌き方と、塩焼きのコツを講釈したい。
まず、脂の乗った、太いタチウオを手に入れる(ここが最大の難所である)
次に、まな板の上に乗せ、頭を落とし、内蔵を掻きだす。
血合い部分を、包丁でかりかりこすって、空になった腹腔内を水で洗う。
脂が乗っているので、このときすでに、手と包丁は脂にまみれである。
捌くには身が長過ぎるから、20〜30cmくらいの長さでぶつ切りにする。
タチウオは背びれの骨がある。
背の部分だけ、上下に三枚に下ろすように、切り目を入れ、背びれの骨と身を切り離し、包丁の刃を身と平行の向きで、背びれの骨にあて、引き出す。
最後に、塩焼き用に、10〜15cmのぶつ切りにする。
料理酒を全体に魚体にまぶし、上から塩をぱらぱらと降って、焼いたら出来上がりである。
タチウオ塩焼きは、名の通り、塩を降って焼けばいいのであるが、旨い塩焼きは火加減が違う。
店では遠火でじっくり焼く、20分以上は焼く。
焼いたあとも、すぐ出さずに、お客さんを見ながら、いい頃合いになるまでさらにさらに遠火にして置いておく。
長く火にかけるので、はじめは、焦げてパサついてしまうのではないかと、見ながら心配していた。
ちょくちょく、焼き台のタチウオを見ながら、時折、そろそろ魚体を返したほうがいいのではないかと親方を呼ぶが、「いや、まだだ」と、そのままカウンターへ戻る。
なんどか、こんなやりとりのあと
「脂の乗ったタチウオは早く焼いてしまうと、水っぽく、脂が臭う、じっくり焼いて、脂を引き出せば、ふっくらと、香ばしくカリッと仕上がるんだ。それに、長く焼いても脂があると焦げない。ほら、見てみろ、だろ?」
たしかに、焦げ目はあるが焦げていない。
お客さんに出す直前に、タチウオの乗った網を下からバーナーで炙る。
「火のあたっていない面に水がたまる。(焼き台は片面焼き用)だから、こうして下の水分を飛ばす、すると、むらなく仕上がるんだ」
細かいこと考えるんだな、とつい感心した。
さて、タチウオをもらい、家で焼く段になって、ガスレンジ付属の魚焼き用グリルをみた。
近火?
火が近すぎる。
さらには両面焼きである。
いかがしようかと思案する。
いくら脂が乗ってても、火が近ければ表面は焦げるので、まず焦げづらく、火力の弱いオーブントースターで下焼きをした。
身が白く、火がある程度通った段階で、グリルの弱火で表面が焦げない程度に焼いた。
仕上げのバーナーはグリルが両面焼きであったし、下からバーナーをあてるのも、グリルの下皿を外す手間があるので省略した。
手間を省略するあたりが、料理人と、なんちゃって料理人の違いであることは言うまでもない。
アツアツのタチウオの塩焼きを皿に乗せ、母に出した。
「もう、ふわふわ、タチウオってこんな美味しいの!?」
と驚嘆し、タチウオの旨さに舌鼓を打った。
もちろん、自分用にも焼いたので、早速、ぽーんと、口に入れた。
うまい。
魚選びから始まり(親方の功労)、さらに調理に工夫と手間を掛けると、魚はこうなるものかと感動した。
以上がタチウオの塩焼きのコツと自宅で作ったときの詳細である。
後日、タチウオを家で焼いた顛末を親方に伝えると
「オーブントースター使わなくても、グリルで焼くとき、焦げないようにしばらくアルミホイルで巻くようにして焼けばいいじゃない。そうすれば蒸されて火通るでしょ。それにオーブントースターは魚焼くものじゃないからねぇ」
ああ、その方法は気付かなかった。
次回試そう。
さて、親方からのプレゼント意外にどうやって良いタチウオを安く手に入れようか。
結局これが、最大の難題である。