目次
前記事の続きである。
魚をさばき、台所も綺麗にした。
骨も抜いて、切り身にした魚は、キッチンペーパーを敷いた、アルミバットに入れ、冷蔵庫にしまった。
あとは夕飯どきにでも、切って刺身で食べればいい。残れば、明日また食べよう。
1日、2日程度で消費できる量であれば、腐敗して食べられないことはないから、別段の注意は必要はない。
それでは、1キロ以上の魚はどうだろう。
家族が多ければ、刺身だけでなく、加熱調理もすれば、なんとか大丈夫だろう。
では、2キロ、3キロではどうだろうか。
頑張っても、そう食べきれるものではない。
そもそも、「頑張って食べる」ではわざわざ魚を買って、さばく意味が半減する。
それならば、スーパーで、都度、刺身を買ったほうが、よっぽど満足できるだろう。
自分で、魚を買ってさばく醍醐味は、脂の乗った、鮮度良いものを、安く、そして、身だけでなく、あらや、内臓、皮までも余す所無く、贅沢に食せることにある。
よく知られた、高級とか美味しいと言われる魚というのは、大抵、1キロ以上の中型か大型魚ではなからろうか。
好きな魚を美味しく、たくさん食べるには、比較的大きな魚も守備範囲に入れるわけだから、長期に保存するテクニックは必須だ。
長く保存するとは腐らせないこと、つまり、腐敗の原因になる微生物の繁殖を極力抑えることにある。
私が実際に寿司屋で見た方法と、ネット上で集めた情報とを合わせることで、家庭でも使える方法を考えた。
きっと、参考になるものがあるだろうから、実践しているものを紹介しよう。
頭と内臓を取る
まずは、調理前の保存である。
一匹買ってきて、そのまま保存するのは良くない。
腐敗は、エラや内臓から始まると言われている。
また、体内の血も腐敗を早める原因だ。
だから、買ってきたら、下処理として、鱗とり、頭と内臓を取ったら、血合いを歯ブラシなどで落とす。
冷蔵庫に入れる前にこれだけでもしておけば、腐敗は進みにくくなる。
氷水につける
先に「冷蔵庫に入れ前に」と書いたが、ある程度大きな魚になると、頭を落としたとしても、家庭用の冷蔵庫には入りきらない場合がある。
それに、大きな魚が冷蔵庫に入っていたら、家族からの非難は免れない。
欲を言えば、冷蔵庫ではなく、より温度の低いチルド室が適当だ。
解決策は、魚の入る大きさの発泡スチロールを用意し、水と氷を入れて、その中に下処理をした魚を、魚体全体が浸かるように沈めることだ。
この方法は勤務する寿司屋で見たものである。
氷水であれば、温度はチルドと同様くらいに低くなるし、魚の表面は水で覆われて、空気に晒されないので酸化も防止できる。
氷水は温度に変化がないことも利点だ。
冷蔵もチルドも、一定の温度を保っているが、実際は微妙な温度変化ある。
温度は上げ過ぎても、下げ過ぎてもいけない。
庫内の温度を適切にするために、温度が上がれば下げて、下がれば、冷気を止めるだろう。
だが氷水は、氷が十分にある限り、一定に保たれる。
もう一つ氷水の優れた点を挙げれば、それは水道水を使っていることである。
水道水にはわずかに次亜塩素酸ナトリウムなど塩素が含まれる。
安全で衛生的な水を供給するために必要なものだ。
そのわずかな残留塩素は、腐敗の原因となる微生物の繁殖を抑える働きがあるらしいのだ。
これらの利点を踏まえると、積極的に氷水保存を勧める。
発泡スチロール箱での保存の難点は、氷の補充と、魚の体液で汚れた水の交換である。
氷は当然に溶けるから補充は必要だ。
水の交換は、新しい塩素を追加することと、水中の微生物を破棄するために必要である。
これらの作業は夏場は特に注意が必要だが、これさえクリアすれば、元々の鮮度が悪くなければ、凍らせずに、1週間は刺身で食べられる鮮度で保存がきく。
氷を溶けにくくするために、やや値段は高いが、真空断熱材入りのクーラーボックスを購入するのもいいだろう。
私の場合は、通常の発泡スチロール箱に、別の発泡スチロールを切り貼りして、発泡スチロール厚みを増やし、更に、毛布でくるんで断熱性を高めている、高まっているはずである。
昨今は真空断熱材がトレンドだ。
発泡スチロールよりも、熱伝導率が15から20分の1だから、薄い真空パネルでも十分な断熱性能を得られる。
ならば、単純に、発泡スチロールの壁の厚さを、従来の15倍から20倍にしたら、真空パネル並の断熱性能が得られるのではないか。
1cmの真空パネルなら、15cmから20cmの厚みの発泡スチロールの箱を作れば良い。
実際のところ、そんな分厚い発泡スチロールは、持ち運びに苦労するので、5cmくらいの厚みにしたが、それでも普通の発泡スチロール箱よりは氷が溶けない気はする。
さらに、毛布を被せてるから尚更である。
真夏でも、氷をいっぱいに入れておけば、まる一日はもつ。
ウォッカとアルミ板で急速冷凍
いくら氷水保存をしても、1週間からそこらが限界だ。
長期保存の残る手立ては、やはり冷凍である。
しかし、知っての通り、そのまま冷凍庫にいれると、氷の結晶によって細胞が壊れ、解凍すると多量のドリップが出る。
当然それらは魚のエキスであり、うま味であったはずだ。
食感も水っぽく、生の魚には及ばない。
これはいわゆる「緩慢冷凍」という冷凍方法が原因である。
緩慢冷凍では氷の結晶が大きくなってしまうが、急速冷凍はならない。
急速冷凍は事業規模では一般的だが、家庭でやるのは難しい。
だが、工夫次第で定義上は急速冷凍に値する冷凍ができる。
それは、ウォッカとアルミ板を使った冷凍法である。
急速冷凍の定義は、冷凍の過程で、最大氷結生成帯であるマイナス1度からマイナス5度の温度帯を30分以内に通過させて冷凍することである。
と複数のウェブサイトで同様に説明しているから、間違いはないだろう。
緩慢冷凍は、冷気でものを凍らせるから起こる。
冷気は気体であるから、熱伝導率が低い。
だからマイナス20度以下の冷凍庫でものを冷やそうにも、ある程度の時間を要してしまう。
だったら、熱伝導率の高いもので凍らせれば、相当に早く冷凍することができるはずだ。
そこで、ウォッカとアルミ板の出番である。
市場にはすでに、家庭で急速冷凍がするためのキッドが売られている。
その一つはダイレイの「速凍(はやと)くん」である。
原理は、低温でも凍らない液体をパックに詰めて、それで冷凍したいものを挟むのである。
液体や個体は気体よりも熱伝導率が高い。
また、液状だから、対象物に合わせて接着面積が多くなるため、熱が伝わりやすい。
このような商品を買えば良いのだろうが、安くはない(2万円弱)。
ならば、理屈は単純なのだから、自作すればよい。
その材料がウォッカなのである。
正直、絶対にウォッカである必要はない。
家庭の冷凍庫で、凍らない程度のアルコール度数を有していれば何でも良い。
ただ、ウォッカは純粋なアルコールに近いから、万一に、庫内で袋が破れて液漏れがあっても被害が少ないのだ。
最近は梅酒を仕込む季節だから、35度のホワイトリカーでいいかも知れない。
次にアルミ板である。
アルミ板は、冷凍したものを解凍するために作られたものがあるからそれを使う。
アルミは熱伝導率が高く、安価である。
解凍のために売っているものを、逆に急速冷凍に使うのである。
解凍のためのアルミ板を急速冷凍に使えるのは、単に、どちらの温度が低いか、または高いか、という違いだからだ。
冷凍したものを、常温のアルミ板に乗せれば、アルミの熱が冷凍したものに伝わり解凍が早く進む。
急速冷凍では、アルミ板を冷凍することで、凍らせたいもの上に乗せると、温度の高い凍らせたいものから、温度の低いアルミ板に熱が移動し、温度低下によって急速に冷凍する。
それでは、アルミ板で挟めば、ウォッカは必要ないように思えるが、熱移動には接触する面積も重要となる。
接触面積においては、気体が抜群に多い。
アルミ板は平面である。凹凸のある物では点で接触するため、いくら熱伝導率が高くても、十分に力を発揮できない。
だからウォッカ入りバッグが必要なのだ。
魚の切り身は、大抵は皮目はなめらかな平面に近く、もう一方は凹凸が多い。
ウォッカを入れたバッグもアルミ板も共に十分に冷やしたら(マイナス20度)、皮目の面をアルミ板に乗せ、湾曲している部分にウォッカ入りバッグを乗せる。
この時、魚の方もチルドか冷蔵庫に入れて、できる限り冷やしておくとより急速冷凍しやすくなる。
魚をアルミ板とウォッカバッグで挟んだら、冷凍庫にしまう。
すると、数分も経たない内に凍り始める。
30分も掛からずにカチカチだ。
カチカチになっても、温度測定機は持っていないから、内部温度はわからないが、実際に、その冷凍したものを解凍するとドリップは出てこない。
食感も水っぽくない。
夏に凍らせた魚を、正月に親戚に出しても、「美味い、美味い」と喜ばれ、夏に凍らせたものだ、と告げたら、驚きの顔をしていたほどである。
よって、たぶん急速冷凍は成功である。
ただし、一度に多量は冷凍できない。
急速冷凍は熱を移動させているわけだから、冷凍能力はアルミ板の重さと、ウォッカの量に依存する。
特にアルミ板は熱を蓄える量(熱容量)が水の5分の1程度である。
水分の豊富な魚肉を凍らせるためには、単純に、その魚肉の4、5倍の重さが必要だと考えていい。
ウォッカも同様に水よりも低い。
このような理由で、理屈通りに、「あら、簡単」とまでもいかなくても、ある程度のトライ&エラーで、急速冷凍を家庭でも問題なくできるようになるだろう。
急速冷凍の用途だけでなく、例えば、ビールがよく冷えていない時に、冷したウォッカ入りバッグで包んでやると、あっという間に冷えるので、急速冷却キッドとしても活用できる。
水とビニール袋で解凍
熱移動の原理は、解凍にも当然に使える。
先述した、解凍用アルミ板が売っているくらいだから、解凍には、アルミ板が適当と思ってしまうが、実は、水を入れたビニール袋を乗っけてやった方が効率的である。
なぜなら、アルミ板は平面、水を入れた袋は、解凍したいものの形状に合わせて変形するから、接触面積が格段に違う。
そもそも、特別に平面を作ってやらなければ、ものは平面を保って凍ることはない、凸凹だらけである。
水を入れた袋など、ほぼタダに等しい。
この解凍術は、どんな家庭にも勧めたい。
最後に
以上が魚をさばくための7つ準備である。
7つと題したが、なんだか10個位にはなっていそうだ。
まぁいいことにしよう。
保存についてのテクニックは根本的に、「腐敗」と「熱移動」についての理解が土台だ。
私はこれらの領域については素人だから、きっと、紹介した方法よりも効率的で効果的な方法があるに違いないが、それはみなさん自身で考えていただきたい。
「料理は科学だ」などと言う人がいる。
確かにそうである。
料理の技術は結局のところ科学的に説明されてしまう。
ゆえに料理は楽しい、という人もいる。
料理という身近な活動に書物の上での知識が使えることは楽しい。
だけれども、私には、科学の知識が使えるから楽しいというよりは、加熱や、調味、保存、切り方などのどのように組み合わせたら、簡単で美味しいものができるのか、考え、仮定し、実際に調理してみるという実験が、楽しいのだ。
実験が上手くいけば、美味いものにありつけるし、失敗しても、なぜ失敗したのか、を考える楽しさがあるから、どちらに転んでも、満足なのである。
料理は考えるから楽しい。
魚をさばきたいけど、色々面倒くさそうだし、わからないことが多いからやらない、という気持ちは十分に理解できる。
しかし、料理の楽しさは、面倒くさくて、わからないことを解決することなのだから、失敗を楽しむ気持ちで、魚料理に挑戦してもらいたい。