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旅の記憶

キリアンの旅

シルクロードを旅することは、私の一つの夢だ。
この夢を自転車で実現した男が目の前にいる。

キリアンは食パンの入った袋を持ちながら、まごついていた。

「何を探しているの?」

彼はトースターを探していたようだ。

私が、一度も洗ったことがないだろう、真っ黒のすすだらけのオーブントースターを指して

「これで焼くんだよ」

そう言ったものの、あまりの汚さに、これで焼いてはいけないな、と私自身思った。

キリアンもそうらしく、袋を持ったまま、その場を動かなかった。

手近にあった、アルミホイルを適当に切って、オーブントースターにひいて、これなら大丈夫という手振りをすると、彼もそれなら大丈夫そうだと、食パンを2枚オーブントースターに並べた。

キリアンは身長が高い、栗色の巻き毛で丸いメガネをしている。

機械いじりが好きそうな青年に見える。

しかし、よく見ると、顔の印象とは逆に、手や、ハーフズボンから出ている脚は小麦色に日焼けし、大腿部の筋肉は細いががくっきりと隆起している。

大腿部に長い運動をさせなければ、そのような脚はできない。

上半身の細さとを考えると、自転車をやっているのではないかと思った。

スター・インのリビングは狭い。

民家をそのままホステルにしたようで、台所から、リビングまで3歩くらいの距離である。

リビング内はせいぜい5人くらいが限界の広さだと思う。

キリアンがオーブントースターを使うのに、助けが必要ないとわかって、私はコーヒーを片手に、リビングのテーブルについた。

パンを焼き終えると、私の向かいに座ったキリアンは、私を気にしないようにしながら、もぐもぐと食パンを食べ始めた。

初夏の午後の日差しが、カーテン越しでさえ眩しく室内に注ぎ込まれている。

クーラーで室温は低くなっているものの、光線の熱はじんわりと、肌に汗を滲ませるには十分だった。

沈黙に押し出されて

「自転車やってるの?」

と聞いた。

キリアンは唐突な質問に、目をぱちぱちとさせて、一言「イエス」と答えた。

私が彼の脚を指して、下半身の締まり具合と上半身との不釣合な筋肉のバランスを説明すると、なんでそんな質問をされたのか、合点がいったらしく、手に持った食パンを皿に置き、話を始めた。

どうやら、目をぱちぱちさせるのは驚いたからでなく、彼の癖らしい。

話しながら、頻繁に瞬きをし、たまに眼球が上向いて、白目を見せることもあった。

キリアン・エルメスは大学を卒業したばかりのドイツ人であった。

彼の祖母が亡くなり、孫のキリアンにいくらかの金を遺した。

彼は、就職前の限られた自由な時間を、その金を使って自転車旅行をしようと考えた。ドイツから日本まで、シルクロードの道を自転車で旅をすることに決めた。

それから1年、彼は日本で、私と話をしている。

深夜特急の中で、沢木耕太郎が相乗りバスで旅した道を、彼は自転車で走り抜いたのだ。

食料や寝泊まり機材を自転車に括りつけ、多くの場合野宿をして、1年の長い間、旅をしてきたのである。

移動は飛行機と電車、宿はブッキングドットコムで探す私の旅など、彼の「旅」と比較すると。果たして旅と言っていいものだろうか。

にこやかに話を続ける彼を見ながら、私は感心した。

自転車でユーラシア大陸を横断したのは凄まじいことなのだが、私にとってはそれ以上に「シルクロード」を通ってきたことに憧れの思いを抱かずにはいられなかった。

シルクロードはアジアとヨーロッパを繋ぐ遠い昔の交易路である。

絹が交易品だったことからこの名がついた。

私はNHKで放映された「シルクロード」が好きだった。

喜太郎のシルクロードのテーマをBGMに、石坂浩二のナレーションで始まり、砂漠とオアシスで暮らす遊牧民や砂漠の民族の映像が映しだされる。

文明と社会の檻の中で不自由なく暮らし、物質的な豊かさが、自己実現の唯一の手段であるようなこの世界と正反対とも言える世界が、スクリーンの映っていた。

広大の草原や砂漠の中で、余計なものを持たずに暮らす。

実際には、自分には堪えられない生活かも知れない、でも、彼らの、私達とは違う精神の中で、一時でもいいから囲まれて生きてみたいと思っていた。

「タクラマカン砂漠も通ったのかい?」

「もちろんだよ。一番きつかった。ずっと同じ景色で、頭が変になりそうだった」

シルクロードの最も惹かれる地域はタクラマカン砂漠である。

中国の西に広がる砂漠地帯であるが、かつてはオアシスの中に多くの小国があった。

私にとって、「西夏」や「敦煌」はファンタジックな響きを持つ。

今はその痕跡すらない。

茫々たる砂漠の何処かに埋もれている。

きっと、その場所に行ったところで、何もないのはわかっているが、そこに吹く風を感じてみたい。

私は少年のような好奇心で、彼の通った道について聞いた。

どんな人々がいたのか、ビザについて、インターネット、食料の調達、金品の保管方法。

話は深夜遅くまで続いた。

キリアンは東京に来たけれど、何を見たらいいのかわからないと私に聞いた。

私は、秋葉原や浅草など、ただ歩くだけでそれなりに面白い場所を提案した。

翌日、彼は私の提案した通りの観光をして、楽しんで帰ってきた。

そして、次は

「相撲が見たい」

と言った。

残念ながら、5月場所にはまだ時間があった。

「稽古なら見れそうだけど」

「稽古か、見てみたい」

その次の朝、二人で東関部屋に朝稽古を見に行った。

私も相撲の朝稽古を見るのは初めてだった。

3時間近い稽古を彼は飽きることもなく眺めていた。

キリアンが帰国する日、世話になったと、お礼として、自分の撮った写真の一枚をくれると言った。

私は、低木が脇に写っているだけの砂漠の写真を貰った。

タクラマカン砂漠の空気に少しでも触れらるような気がしたからだ。

彼は写真を私に渡すと、背丈の半分ほどのサンドバッグのようなバックを担いで、玄関へ向かった。

「とてもすばらしい時間だった」

「シルクロードを渡ってきた君には感激した。またいつか会おう」

「きっと」

シルクロードを道を自転車で横断することは、今では珍しいことではないらしい。

多くの自転車乗りが旅をし、情報をインターネットにのせている。

キリアンもそういったサイトを参考にしながら旅の計画を立て、実際に旅をしたのだろう。

そして、彼もまた自分の経験を自身のウェブサイトに書いている。

以下、キリアンのサイトとシルクロードの旅の情報サイトのリンクである。

A CYCLING TOUR(キリアンのウェブサイト) 

CARAVANISTAN(情報サイト)

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