カテゴリー
旅の記憶

沖縄そば屋の老婦

飾らない店で沖縄らしい何かを食べたい。
国際通りから沖映通りに入ると暗さが際立った。
一件の半ば朽ちかけたそば屋が目に止まった。
沖縄そば550円、ソーキそば650円。
店の前の食品サンプルは埃をかぶり、崩れ、汚かった。
なぜかは知らない、すべてのそういう店というわけではないが、ふと店内に入ってしまう店の感じがある。

機内のアナウンスが流れて窓の外を見ると、きらめく光線とともに青い空が見えた。

飛行機は下降し雲を抜けて地上に近づく。後ろの子供が興奮した様子で

「町みえた、町見えたよ。空港だ」

機体が傾いて沖縄の陸地が窓の半分を覆った。

空港を出ると、雨が降っていた。

市内を走る唯一の電車らしいモノレールで、宿のある県庁前で降りた。

雨を防ぐためジャケットのフードを被った。

宿は駅から遠くないので、宿へ方向にだいたいの検討をつけて向かった。

地図を確認しなかったのは、そのまま宿へ運良く着いても、着かないで道に迷ってだらだらと歩きまわってもいいと思った。

どうせ宿に着いたところで、荷物を置いて、また町をぶらぶらするのだから。

賑わいに惹かれて国際通りに入ると、ちんすこう専門店やマンゴーアイス、泡盛専門店、ソーキそば屋、おみやげ屋、他に雑多な食い物屋があって、店々の前には客引きがいた。

通りを歩く外国人は、特に中国人が多いから、客引きも簡単な中国語を発して客を引いていた。

沖縄の食べ物や名物は全然知らなかったので、彼らの誘いに乗ってもいいかもしれない。

だけれど、あからさまに観光客の財布を目当てにしたような店で本当に沖縄の「らしさ」みたいな、何か心に残るものが、果たし見いだせるのだろうか。

そう思うと、まずは宿に行き、身を軽くして、宿の誰かになにか「らしさ」があるところを紹介してもらうほうがいいだろうと考えた。

しかし、宿にはなかなか着かない、迷ったらしかった。もう一度地図を見ると駅のすぐ近くはずなのは間違いなかった。

結局、5分くらいで着くと思っていたのに30分くらいは掛かった。

ゲストハウス海風は5階以上でエレベーターはなかった。

重い荷物は手製の貨物用エレベーターで上階まで運べるのであるが、受付のある2階までは自力で運ばなければならなかった。

私の荷物は、子供の遠足ぐらいのものだったので必要はなかった。

受付でチェックインの最中、ひどく重たそうに、階段の一段一段をゆっくり上がって来る婦人があったので、階段を下って、荷物を彼女の代わりに受付まで運んだ。

階段しかないのは、今風ではなく不便だけれど、一泊1300円では文句は言えまい。

果たして、こんなファッショナブルな木賃宿に、階段を上るのが困難なほどの荷物を持参する彼女は、どんな旅をしているのだろうか。

大部屋につめ込まれた二段ベッド中から、自分に割り当てられたベッド探し、着替えやパソコンなど街歩きに不要な荷物を置いた。

パソコンはセキュリティロッカーがあったのでそこに入れた。

多床室では盗難問題が気になる。

しかし、盗難問題とは、泥棒と、盗まれては困るものの両方の存在が不可欠であるから、どちらかが欠けていれば気にすることではない。

まず貴重品は身から離さないし、唯一盗まれそうなパソコンも2万円もしない中古で、貴重なデータは何も入っていないから、盗まれても、少し気落ちするくらいで済む。

受付に寄って、そこにいた女性に、地元の人が行きそうなスーパーや酒屋がどこか聞いた。

美味しい食べ物屋でも良かったのだが、スーパーの方がものの値段は安いだろうし、鮮魚や惣菜など、今の沖縄人の、普段の食卓に並べられる食べ物があって面白いと思った。

「そうですね、マックスバリューならこの辺に、あと駅の前のデパートの地下にスーパーがありますけど」

と彼女が言うと、少女のような女性が話の間を取って

「ユニオンがありますよ。まぁ私は知らないんですが、ここの常連のおじさんが教えてくれて。ちょっと遠いですけど」

無料の地図に、宿の位置とユニオンの位置をペンで記した。

「ありがとう、この地図もらえるかな」

「ええ、もちろんです」

中身のほとんどすべてを吐き出して、軽くなったリュックを肩に、再び外へ出た。

ユニオンまでまっすぐ行っても良かったのだが、急ぐ理由など何一つない。

寄り道こそ未知の面白さを含んでいるものだ。もう一度、国際通りを通ってぐるりと、2倍くらいの時間を掛けて行ってみよう。

歩いていると、やはり空腹が気になった、何か腹に入れたい。

何がいいだろう。

頭に浮かんだのは、ソーキそばだった。

どこか飾りっけのない店で食べたい。

そう決めると、国際通りでは、きっと満足出来そうな店は期待できないだろうが、とりあえずソーキそば屋を探した。

やはりどの店も気が進まない。

先ほどもらった地図を開いた。

何枚かページがあって、「ソーキそば 390円」の広告があった。

安い。

とりあえずそこに向かった。

安ければ庶民的なのである。

地図上ではそば屋があるあたりに来たが、見つからない。

立ち止まって地図とにらめっこをしていると

「おにいちゃん、どごいくの?」

引き車にゴミを乗せたおばあちゃんに声をかけられた。

「このそば屋探してるんだけど、どこかな?」

「そんなとこ行かなくても前にもほれ、あるよ」

「そうなんだけど、この店で食べてみようって思ってたから、見つけたいんだ」

「そうかい、どれどれ」

地図を見て、引き車を引いて、きょろきょろと周りを見渡しながらゆっくりと歩き出した。

ほんの一〇歩進んだくらいで、ほれ、閉まってるよ。

と、まるで知っていたかのように言った。

「閉まってるんじゃ、しょうがない。他のところで食べるよ」

「そうだね」

「どうも、ありがとう」

そば屋は市場本通りという、国際通りに比べて年季の入った通りの近くだった。

市場本通りの先は市場中央通り、どちらも魚屋が多く、本島人にとっては珍しい魚を売り、観光客には有料で捌いて刺し身にしてくれている。

「この魚、刺し身にするといくら?」

と婦人に二五センチくらいの赤い魚を指差した。

「そうね、刺し身料が500円でこの魚が2000円」

小ぶりの魚一匹刺し身にして2500円は高い。

婦人はくるっと魚をひっくり返した。

半身が無い。

一匹2500円ではなく、半身2500円、これはもうべらぼうだ。

金がないと断った。

観光街をぶらついてもやはり私のような財布の中身と常時にらめっこ繰り返している男には場違いで、買えるものはない。

ユニオンに向かう間に、きっと手頃なそば屋があるだろうと楽観した。

そうでも思わなければ腹の虫が納得してくれなかったのだ。

陽が暮れていた。

国際通りから沖映通りに入ると暗さが際立った。

一件の半ば朽ちかけたそば屋が目に止まった。

沖縄そば550円、ソーキそば650円。

店の前の食品サンプルは埃をかぶり、崩れ、汚かった。

なぜかは知らない、すべてのそういう店というわけではないが、ふと店内に入ってしまう店の感じがある。

この店もなんの違和感や抵抗もなく入ってしまった。

だが店内を見て、匂いを嗅いで、やっちゃったか、と思った。

だが客は私一人で、厨房にいる老婦人はすでにこちらに気づいていた。

後戻りはできない。

五つか六つのカウンター席にテーブルが一つ。

天井が低く、指輪物語のホビットの家にでも来たかのようだった。

もう食うしかない。

沖縄そばを一つ、と注文した。

ふと、100円の差のソーキそばと沖縄そばは、どんな違いがあるのだろうと思い老婦人に聞いた。

その後ろではさらに歳を取って背をかがめるようにした白髪の老婦人が、もぞもぞと動いていた。

「沖縄そば、豚バラ肉、ソーキそば、豚のなんこつの部分。ソーキそばの方、おいしい」

なぜ、こんなに片言なのか、老齢の沖縄人は、標準語がもしや不得意なのか。

「じぁソーキそばで」

小さくうなずき、後ろのもう一人の老婦人にぼそぼそと何か言うと、その老婦人は微風に揺れる木のように、もったりと動き始めた。

のんびり動く様子は歳のせいだろうが、先ほどの観光通りの人々を見て、忙しなさに疲れた気持ちを楽にした。

若い方の婦人が麺を茹でようとすると、もう一人がまた何か言った。

そして、じゃ行ってきますと、若い方と違って、沖縄の訛りはあっても、日本人の日本語で言った。

若い方は、いってらっしゃいと返す。

そのときは不自然さを感じなかったので、さっきのぎこちなさは、きっと私の勘違いだろう。

沖縄の人だって、当たり前に標準語を話すのである。

目の前の、逆さになって、布巾の上に伏せてあるグラスを、老婦人は私に手渡して

「水ね」

と言った。

自分の飲む水はそこの給水器から注いでくれ、ということだった。

少し曇ったグラスに水を入れ席を戻る。

しばらくして、ソーキそば出来上がった。

できるまでとても時間がかかったようにも感じるし、そうでないようにも感じた。

「はい、どうぞ。肉ね、全部食べる。やわらかいから大丈夫」

やはり、ことばが拙い。

豚の肉と皮、軟骨が付いた部位がじっくりと煮てあって、ほろほろと崩れる程に柔らかくなっている。

麺はどこかの工場から仕入れられたもののようである。

スープはさっぱりとしていた。

味には驚かなかった。

食べながら

「大変失礼ですが、少し言葉が、沖縄の、それとも外国の方ですか」

「わたし、フィリピン。でも日本人みたいでしょ」

たしかに顔や風体がまるで日本人なのである。

いや、フィリピン人と沖縄の人が本島の人間に比べ、いくらか近い顔立ちをしているせいかもしれない。

それから年齢や、出かけた老婦人と、太っていて、どこか似ていたからそう思うのかもしれない。

「フィリピンには度々お帰りに?」

「帰らない、両親もういない、兄弟だけ、娘と息子、沖縄にいる。あと孫も」

「沖縄の方が家族が多いんですね」

「息子、今、大学。あと四年は頑張らないと」

「大変なんですね」

彼女も店も歳である。

あと四年。

不安に違いない。

外出していた、もう一人の、年上の老婦人が戻って来て、フライパンにあった、とろりとした茶色の物をタッパーに詰め始めた。

何か「沖縄らしさ」のものかもしれないと、カウンターに身をかぶせるようにしてフライパンを覗き

「それはなんですか。美味しそうですね」

と訪ねた。

すると、タッパーにものを詰め終わると、小さい皿を取り、これ、ご飯とかお酒によく合うのよ。

と小皿に盛り、私に差し出した。

「いいんですか?」

と尋ねると

「そんなこと言ってはだめ。沖縄の人に、いいんですか? なんて聞いたら、いらないんだ。と思って本当にお皿引っ込めちゃうよ。出されたら、頂きます。って言えばいいのよ。」

「はい、では頂きます」

うん、彼女は頷くと、また店を出て行った。

「ちょっと、ごはんね。おいしいから」

小さなお椀にご飯を少し盛ってくれた。

茶色いものは味噌で細かい針のような筋がたくさん混ざっていた。

味は肉っぽかった。

「これはなに?」

「肉味噌、出汁とる豚。終わったらその肉取って味噌に混ぜる」

メニューにはないまかないのようなものであろう。

うまい。

「沖縄、何回?」

「はじめてです」

「あそぶ? 今から?」

「今から? これから? 遊ぶっていうか、初めてだから沖縄をぐるっと周ろうかと」

「なご、いいね名護市。アクアリウムね。あととっても綺麗」

手でイルカが飛ぶ手真似をする。

「いいですね。行ってみます」

老婦人ははにかむような笑顔を見せた。

「お二人でこのお店を?」

「ええ、あの人と私。シスター、って間違えられる。よく似ているから」

ソーキそばは汁まで飲み干し、最後に水を飲んだ。

「どうも、ありがとう。美味しかった。お会計をお願いします」

「650円ね」

お釣りをもらうと、少し無言の間があった。

それを合図に店を出た。

少し歩き、交差点で止まった。

赤になったばかりで、長い信号を待っていた。

すろと、後ろから声が聞こえた。

振り向くと

「バイバイ、バイバイ」

と老婦人が店を出て大声で手を降っている。

私も大きな声で応えて、手を振り返した。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です