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旅の記憶

素晴らしき哉、ハンバーガー

分厚く、不安定で、脂ぎっていて、現在の健康志向の潮流には反している。

だが、これを作る人々は、人間が本当に欲するものは何かを知っていると思えた。

私はそれを食べた時、この国の食文化の本当を身をもって知った気がした。

何年か前、明確な目的のないまま、トロントへ行った。

わかっていたのは、自分はどこか英語圏の国へ行き、ある程度の満足を得るまで帰らない、という、心の地底から響いてくるような、そんな信念だった。

金も無かった。

入国した翌日から仕事を探した。

CNタワーや、ロジャースセンター、ナイアガラの滝などの観光地に行けるほどの心の余裕もなかった。

エンプロイメント・ソーシャルサービスという名の職安に通い、カナダの求職システムに慣れてきたある日、レジュメ(履歴書)を詰めたバックパックを背負って歩いていると、あるレストランの前で、ポップな字で「ジョブ・フェア」と書かれた立て看板を挟んで、スーツに近い黒いドレスの女性二人が、街頭を行き交う人を相手に呼び込みをしていた。

ジョブ・フェアという言葉のはっきりした意味は分からなかったが、「ジョブ」に反応して、うっかり、彼女らの前で立ち止まってしまった。

「仕事をお探し?」

とその内の一人が軽い笑みを浮かべながら言った。

「ええ、まあ」

店内に案内されると、あるテーブルを指し示された。そこには職種が印字されたいくつかの用紙が並べられ、それぞれ、氏名、住所、職歴などの項目があり、いわば履歴書にも似た記入用紙だった。

まず、ウエイターや受付などの表の接客業務は、私の英語力では、甘く自己評価しても論外であり、考えるまでもなく選択肢に入らない。

厨房での仕事はどうか、はじめの項目は調理師。

語学力以前に、自炊意外の調理経験は皆無である。

次に調理補助。

補助ならなんとか。

最後に皿洗いはどうか。

当然、未経験者歓迎といったところだと思う。

生活するためには何がなくとも仕事だ。

仕事内容も大事だが、背に腹は変えられない。

採用可能性の最上位と思われる「皿洗い」の紙を取った。

素性を明らかにし、軽い気持ちの応募ではない、のアピールの意を込めて、バックの中のレジュメも記入した用紙と一緒に提出した。

今度はブース席に案内された、面接だという。

面接はキッチンマネージャーと名乗る、ブロンドのやや小太りの女性だった。歳は30半ばから後半といったところか。

「国はどこです?」

「日本です」

「カナダに来てどのくらい?」

「一週間です」

「家族と一緒に?」

「いえ、一人です」

「驚いたわ。勇気あるわね」

などと、お決まりのスモールトークもそこそに面接は始まった。

面接の内容は、まずは、採用後の基本的な待遇や仕事条件について依存はないか。

次に、社会常識や協調性についての質問、最後は会社が用意した規定の採用診断テストだった。

終始、緊張ゆえの、心臓の激しい鼓動と口の渇きに耐え、自身の返答の正誤について反芻する余裕もなく、自分は何を行っているのだろうかと、途中、自問するほどだった。

彼女が面接の終わりを告げ、席を立った。

やることはやった。

と、面接を回想しながら自分を慰めた。

ようやく落ち着いて、周りを眺めると、なるほど、ジョブ・フェアだけあって、多くの人が各ブースで次々と面接を受けている。

果たして、語学力は採用にどれほど重きをおかれているのか。

キッチンマネージャーは席に座ると同時に、一枚の紙をよこした。

“Congratulation! You’re Hired”

と紙面の中央にあった。そして彼女も

「おめでとう、あなた採用よ」

と、それまでのやや強張った表情を崩し、開いた右手を私の方へ突き出した。

店の名は「JACK ASTOR’S(ジャック・アスターズ)」

カナダ滞在の実質的な社会生活の拠点となる職場のレストラである。

アメリカのダイナーに、スポーツバーを合わせた感じの店で、ハンバーガーをメインにステーキ、ピザ、ナチョス、フライドチキンなどを提供する。ウエイトレスはフーターズの女の子のような、ミニスカートにタンクトップ姿である。

初日はランチタイムだった。

時給は12カナダドル、一日6時間のシフトで72カナダドルになる。

スケジュールでは週に4、5日の勤務になっている。

週に300カナダドルは固い。

さらに給料とは別にチップが、勤務時間に応じて従業員全員に支給されるそうだ。

チップは、ウエイターがこっそり懐に入れるものだと勝手に思っていたが、やはりそんなことはないわけだ。

チップは「作る人」「運ぶ人」双方に与えられて然るべきということだろう。

チップの額はわからないが、月1200カナダドル超の金があればなんとかやっていけそうだ。

皿洗いの仕事は「皿を洗う」であるが、その実務は食洗機がやる。

このレストランではカウンター、テーブル、テラス席を合わせて200人以上の客を入れることが出来る。

洗い物を手仕事でゴシゴシやっていては当然間に合わない。

洗い物はカゴの上に並べ、機械に向かって押し込んでやると、内部の鈎型のチェーンに引っかかり、吸い込まれる。

しばらくすると反対側から洗浄済みの洗い物が吐き出される。

私の仕事は、洗い物をカゴに乗せて、機械に向かって送り出し、きれいになった食器なり、調理器具なりを所定の位置に戻すことである。

また、暇なときは、簡単な料理の下ごしらえも頼まれる。

さて、初日の勤務が始まって、休憩は取らずに、洗い場の両端を行ったり来たりすること6時間が経った。

熱気の激しい厨房で、生地の分厚いクックコートに身を包みながら動き回って、汗がびっしょりだ。

「グッジョブ、君は良いディッシュ・ウォッシャーだ。働き初めの2週間は勤務後でも休憩中でも一品タダで食べていいことになってる、ただし、ステーキ意外だけどね。何が食べたい?」

と、その日の調理場の責任者らしき男が言った。

タダ飯が2週間も食べられるとは高待遇である。

渡されたメニューを一覧した。

ピザ、パスタ、トルティーヤ、様々あるが、レストランの主役であるハンバーガーに決めた。

ハンバーガーも具によって種類がある。「クラシック・バーガー」なるものを注文した。

着替えて、ドリンクサーバーからコーラを注ぎ、表の空いているテーブルに着いた。驚くことに、従業員はソフトドリンク、コーヒー、紅茶は、勝手にいくらでも飲んでいいらしい。

特にそう知らされたわけではない。

皆、当たり前に、誰に断るわけでなく、どんどん飲んでいるのだ。

異国の常識は私の非常識である。

勤務中、念の為、近くの誰かに聞くと

「ああ、そうだけど」

と、そんなの当たり前じゃないか、というような目をして、そっけなく返事をした。

コーラをちびりちびりやっていると、例の露出の多い服装のウエイトレスが、笑顔ともに眼の前に皿を置いた。

皿の上にはハンバーガーと、たっぷりのフライドポテトが盛られた小さなステンレスのボールがある。

フライヤーで揚がったフライドポテトの群れの中に、ボールを突っ込み、すくい上げてフライドポテトを雑に盛るから、脇には1、2本はみ出しものが落ちている。そのフライドポテトと同等の高さを誇るハンバーガーが横にある。

「バン」と呼ばれる、ハンバーガーでお馴染みの、上下に二分した饅頭型のパンに挟まれ、上から2枚のレタス、一切れのトマト、オーブンでカリッと焼かれた3枚のベーコン、上位3種と同じ厚みに重ねられ、程よく熱で溶けたスライスド・レッドチェダーチーズ、最後に、全てを支える7オンス(約200g)の牛肉パティ。

牛肉パティには何も混ざっていない。

牛ひき肉をプレス機で成形しただけのものである。

なぜ何も混ぜていないのかが分かるのかって?

それは、下ごしらえの手伝いで、私自身がプレスしていたからである。

真空パックされた5kg近くある牛ひき肉を、長さおよそ90cmの大型トレーに開け、7オンスずつに小分けにし、後に、一つずつ、手動式の重たいプレス機を使いプレスする。

最後にオーブンペーパーのような紙を両面に張り、重ねる。

グリル担当の者は紙を剥がし、胡椒を振り、格子型のグリルに乗せて焼くのだ。

鉄板ではないから、脂が下に落ち、格子の焼目が付く。

一口かぶりついてみると、なんらソースの味がしない。バンの底に塗ったバター意外は、材料そのものの味だけである。

つまり、ベーコンとチーズの塩気と風味、もったりとした牛肉の食感と鼻に粘りつくような牛肉の濃い匂い。

そして、小勢だが、トマトの酸味と水分、レタスのぱりっとした食感は、3つのこってりとした味の仲人に立ち、上手く調和し、後味を嫌にしない。

本物に厚化粧はいらないのだ。

ハンバーガーの箸休めにフライドポテトをつまみ、適宜コーラを口内に流した。

ハンバーガーはファストフード店のものしか知らず、深みのない、低劣な食べ物と思っていた。

だが、それは単に、安く早く提供するための廉価版だったのだ。

これまでのハンバーガーとこのハンバーガーでは、回転寿司と回転しない寿司くらいの差はある。

無料期間を活用し、ステーキを除いてメニューにあるハンバーガーはあらかた食べた。

中でも、はっきりした名前は失念したが、確か「ホーリー・スモーク」だったか、「レジェンド」だったか、とにかくそんな名前のそれは、生野菜の入っていないハンバーガーで、健康路線を全力で逆走するハンバーガーだった。

ベーコン、チーズ、牛肉パティは変わらず、レタスとトマトの位置にカリカリのフライドオニオンが座っている。

ゆえに、ハンバーガー全体の色彩は乏しく、黄色と茶色のみで構成されたハンバーガーなのだ。

なお、付け加えればフライドポテトは黄色だから、皿の上の全てがその2色だけで構成されていることになる。

この遠慮のないコンビネーションは、世間の風潮をものともしない、非常に愉快で気持ちの良いものだ。

ましてや、よく働き、腹が空いてたまらない時にかぶりつく初めの一口は、至福の瞬間と言ってよい。

ホーリー・スモーク? レジェンド?

生活が落ち着き、自転車を買った。

街のいろいろな場所を走ってみれば、ジャック・アスターズのような店は至る所にあり、またフードトラックとよばれる屋台のハンバーガー屋もある。

トラックの側面に大きく、「トロント№1!」だとか仰々しい文句を掲げる店もある。

それぞれが、自店のハンバーガーが一番と誇っているようだった。

図書館に行き、何気なく本棚を眺めていると、ハンバーガーの本があったので借りた。

数十種類のハンバーガーのレシピが載っていた。

街の至るところにあるレストランや屋台、また個人のオリジナルのレシピ合わせれば、何百種類のハンバーガーのレシピがあるだろう。

私達日本人にとってのラーメンのように、ハンバーガーは根強い人気があり、食文化として奥深く、多様性に富んでいる。

マスメディアの煽りもあってか、私は、北米の食文化を劣ったものと見るきらいがあった。

それは欧米人に対する劣等意識の自己防衛反応、または、単なる排他的嗜好だったのかは知れないが、ステレオタイプの認識であったのは間違いない。

欧米人はアジアとは見た目も違うし、味覚や食に対する考え方も違う。

自国の食文化を賛美し、他国より優れているなどと思っていたのは、「世間知らず」いや、「世界知らず」だった。

ハンバーガーひとつにおいても、トロントに来て初めてその真価を知った。

日本にいて、知った気でいる様々な外国の料理は、実は、そのまだほんの片鱗の価値しか知らず、世界には、まだまだ、私達の想像だにしない深遠な食の大海が広がっているのではないだろうか。

こんな想像は、未知なる世界の食に心躍らせずにはいられなくする。

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