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筋トレ未経験の人に筋トレを教える機会が何度かありました。
健康増進が目的で、本格的なボディビルを始めるわけではありませんから、初めからあれこれと教えるわけにはいけません。
いざ指導にあたると、「一体何を最初に教えるべきか」という問題が出てきました。
従来的な指導では、まずはマシンや、ダンベルエクササイズなど、お手軽なエクササイズを数種類組み合わせたメニューを作ります。
本格的に、とあらば、バーベルエクササイズも取り入れるでしょう。
実際のところ、いくつものエクササイズで構成された、そのようなメニュー自体、初めての人には覚えるのも大変ですし、まして、重量設定やフォームまで意識が向く人は少数ではないでしょうか。
仮に、盛り沢山の初級メニューを覚え、習慣的に筋トレを続けている人でも、メニュー内容をワンステップあげようとすると、ほとんど基礎らしい基礎ができていないことがしばしばです。
幾度となく、そのような人々と、その経過を見ていましたから、本当に最初に教えるべきエクササイズは何か、と今一度考えてみたのです。
覚えきれない盛り沢山なメニューではなく、シンプルで、そして、全てのエクササイズの基礎となるような、それでいて、十分に筋トレの効果を得られるエクササイズはないだろうかと。
それは意外にも、「初心者には不向き」と言われる、「デッドリフト」ではないだろうか。という考えにたどり着いたのです。
デッドリフトは全てに通ず

デッドリフトは、ハムストリングスと臀筋を主動筋に、床に置いたバーベルを両手で握って、直立するまで引き上げるエクササイズです。
全てのエクササイズの中で、高重量を扱えるエクササイズの一つです。
全身を使い、また腰の筋肉に負荷がかかることから、間違った姿勢で行えば簡単に腰を痛めてしまう、なかなか簡単にはマスター出来ないエクササイズでもあります。
大抵は、十分に筋トレに慣れた頃に始める、中、上級者向けエクササイズと言われていますので、とても初めてバーベルを握る人には教えられそうにもないエクササイズです。
ここで筋トレの基礎について考えてみます。
私は、基礎とは「型」(フォーム)だと思います。
トレーニング法や運動生理学の知識も基礎と言えば基礎ですが、運動の基礎はやはり「型」です。
多くのスポーツがそうであるように、投球の型、スウィングの型、構えの型など、フォームがきちんとできていないと上手くなりません。
そして、筋トレの基礎である型は、「肩甲骨の内転」と「骨盤の前傾」ではないかと考えます。
肩甲骨の内転


肩甲骨の内転は肩甲骨が脊柱へ向かって寄る動きです。
正面から見ると胸を張った姿勢になります。イメージで動きがつかめない方は、両手を腰の後ろで組んで、そのまま後方に肘を伸ばしてみてください。
多くの上体を鍛えるエクササイズのフォームは、肩甲骨を内転位、または内転方向に収縮させて行います。つまり胸を張った形を常態にしてエクササイズを行います。
特に、ベンチプレスなどの大胸筋を鍛えるエクササイズでは、肩甲骨を内転位で維持しなければ上腕が固定されず、大胸筋を上手く使えません。
また、広背筋のエクササイズおいては、肩甲骨を内転させることは高い可動域を得るために重要です。
他のエクササイズでも、肩甲骨を内転位にさせて胸を張ります。
肩甲骨が外転位で、背が丸まった状態は、上体が不安定で、対象筋にうまく刺激を与えることが出来ません。
例えば、ベンチプレスでバーベルがぐらぐらしたり、ラットプルダウンマシンで広背筋をうまく使えなかったりするのは、肩甲骨の内転ができていないことが原因の一つでしょう。
骨盤の前傾

骨盤の前傾は、脊柱の伸展(背中を反る)と合わせて、腰の負担を軽減するために重要な姿勢です。
骨盤の前傾は、「反り腰」「出っ尻」の姿勢です。
重量物を持ったり、支えたりするときに、その周りの筋群のアイソメトリック収縮よって腰椎を、伸展位で固定することで、動作軸が腰椎から股関節に移行し、負荷を臀筋とハムストリングスを中心に受けることができます。
逆に、骨盤を後傾にすると、猫背みたいになるのですが、重量物を持ち上げるときに、股関節の伸展と、腰椎の屈曲位からの伸展が同時に起こり、腰痛の原因となります。
ジムで筋トレすれば、エクササイズ以外でも、バーベルを運んだり、バーベルプレート付けたり、片付けたり、否応なく、重量物を挙げ下げして運びます。
骨盤の前傾姿勢は、様々なエクササイズのフォームに必要なだけでなく、怪我なくジムで過ごすためにも大切な姿勢なのです。
デッドリフトはまず、骨盤を前傾にした姿勢で、前屈しながら、僅かに腰を落とし、肩甲骨を内転位にし、顔は正面を向き、胸を張った状態でバーベルを握ります。
そして、臀部とハムストリングスを使って上体を直立まで起こします。
デッドリフトのフォームは前述の「骨盤の前傾」と「肩甲骨の内転」を両方含みますので、デッドリフト一つで筋トレの基礎が出来上がります。
また、高い筋力発揮のためのバルサルバ法(息を止めての力み)を同時に習得できます。
そして、デッドリフトは、全身の多くの筋肉を動員しますから、全身の筋肉をも鍛えることができるのです。
身体活動の要
普段使いの「使える筋肉」を鍛えるためにもデッドリフトは好都合です。
日々の身体活動で、何かを持ち上げる動作は頻繁に行われます。軽いものもあれば、重たいものもあります。
エクササイズの多くは、骨格筋の機能を個別に抽出して、特定の筋肉に負荷が集中するようにデザインされていますから、日常の、筋肉を複合的に動員させる身体活動とは、かけ離れた動きになりがちです。
その中でもデッドリフトは、単純に重量物を持ち上げる動作ですから、日々の身体活動にそっくり応用できるエクササイズなのです。
デッドリフトにより、脊柱の筋肉、臀筋、ハムストリングス、また副次的に使われる、腹部の筋肉、大腿四頭筋等が強くなれば、今まで、重たいと思っていたものが軽く感じられるでしょうし、特に背中、腰回りの筋肉の発達によって、普段の姿勢が良くなるのも感じるでしょう。
デッドリフトで鍛えられる筋肉は、日々の生活で多用する筋肉が多いのです。
出来ないから面白い
こんなに良いことずくめなのに、なぜ、みんなデッドリフトをしないのでしょう。
「フォームは難しいし、キツそうだし、腰を痛めそうだし、誰に教えを乞えばいいのかわからないから」ですか。
たぶんこれに類似した理由でしょう。
確かに、難しくて、苦しくて、怪我しやすいエクササイズを誰が好んで行ない、また指導するでしょうか。
安全第一、お客様本位のフィットネスクラブでは教えることはあまりないでしょう。
デッドリフトを普段のトレーニングでしているのは、ボディビルやパワーリフティングなど、筋トレにどっぷり浸かった人々が大半です。
しかし、デッドリフトの効用はさることながら、デッドリフトに限らず、習得するのが難しいものほど面白みがあるのではないかと思います。
子供の頃に練習した、鉄棒の逆上がりや縄跳びの二重飛びは、難しいからこそ夢中になって練習したのではないでしょうか。
そして、出来たときの達成感と、誇らしい気持ちはなんとも言えないものがあったでしょう。
よくある宣伝文句の「簡単だから続けられる」は、心を惹かれますが、そう思って始めても、簡単なためにすぐに飽きてやめてしまうこともあります。
むしろ「難しいから続けられる」のほうが実際ではないでしょうか。「デッドリフトは難しい」だから面白い。
ああでもない、こうでもないと、なかなか満足いかないから、続けられるのです。
一貫性のある指導
これまでは筋トレを実施する側の利点を説明してきましたが、指導する側にも利点はあるのです。
筋トレのトレーニングメニューは、他のスポーツの練習メニューと比べると、習熟度の低い段階から、パーソナライズされる傾向があるにも関わらず、専任の指導者が付くことは稀で、一貫した指導受けることが出来ません。
そのため、多くの場合、筋トレを行なう者自身が、筋トレの長期的な計画から、食事、サプリメンテーション、トレーニングメニューを構成しなければいけないのが現状です。
それゆえ、私達が、普段接しているジムのトレーナーは、コーチというよりはむしろ、単なるアドバイザー程度の役割しか担っていません。
例外として、最近はパーソナルトレーニングが流行っていますが、指導料が高額で気軽に受けることはできません。
もしも、トレーニングメニューがデッドリフトの習得だけならば、指導側としては容易です。フォームを見てあげるだけなのですから。
ジムのトレーナーが変わっても面倒な引き継ぎはいりません。「〇〇さんは、デッドリフトを覚えようとしているから、ちょいちょい見てあげて」と、それだけで済みます。
エクササイズとセット数、規定回数が羅列された、いつ、誰が作ったかわからないトレーニングのメニュー用紙を、お客さんから、トレーナーに「はい」と渡され、「次はどんなエクササイズをしたら良いですか」などと問われよりも、デッドリフトだけの指導の方がよっぽど気楽です。
それに、トレーナーそれぞれが、異なる指導をして、お客さんを困惑させる頻度も減ります。
いまのところ、デッドリフトは、危険で難しい、上級者向けのエクササイズという認識が一般的です。
その認識は自体は、間違っていないと思います。ただ、それは独習だったり、指導者が近くにいない場合に限るのではないでしょうか。
もし、毎回でなくても、それなりに誰かが指導してくれる環境にあるならば、比較的安全に、確実に覚えることができるエクササイズになると思います。
私が教えている筋トレ未経験の方は、トレーニングの知識はほとんどありませんが、デッドリフトのフォームは、ジムの長く筋トレを続けている常連さんと比べても大差ないほど上達しています。
今後、どういう目標を持って筋トレを続けていくかはわかりませんが、デッドリフトの習得で、筋トレをするための基礎ができてますから、スクワットでも、ベント・オーバー・ローイングでも、どんなエクササイズでも習得するのは難しくないと思います。
技術習得のためには基礎固めは重要です。
筋トレはそもそも、運動パフォーマンスの向上を目的として行われ、各々が必要な能力を向上させるためにトレーニングのメニューが作成されてきました。
ですから、「筋トレのためのエクササイズ」という考えは、必要なかったのでしょう。
まとめ
最近の筋トレブームで、筋トレが、スポーツやダンス、お稽古事のような趣味で行われるようになりました。
他の趣味と同様に、はじめの一歩から上級者になるまで体系的な道筋が必要だと思います。
「筋トレのはじめの一歩はデッドリフトである」とは、単なる思いつき程度のものかもしれませんが、もし、これから誰かに筋トレを教える機会があるならば、参考にしてもらえればと思います。